安来市荒島町は島根県最東部、安来市街の西5km程で中海に面して位置している。 江戸時代は松江藩領。正保国絵図によると、東方の飯梨川を渡って荒島村に入った山陰道は東に向かうが、飯梨川を渡って直ぐの地点から飯梨川左岸に沿って広瀬村に向かう道も描かれている。更に中海に湊もあって各地と結ばれていたため、村の中心部は町場化していて、松江藩の高札場も置かれ、宝暦4年(1754)以前に荒島町と称される一画が生まれていた。 文久2年(1862)の家数28・人数130とある。明治初年の「皇国地誌」では家数342・人数1,551・牛19・馬7、200石未満荷船78・漁船38とあり、職業別構成は農業214・漁業42・商業47・工業28などとあり、中海での漁業、中海を経ての水運が発達し、在郷町としての性格もあったようだ 物産は荒島石・赤砂等があり、中海を経て各地に送られ、中海の赤貝も名産品であった。 明治22年に荒島村他3村が合併して旧村名を継承したが、その成立時の家数は485・人数2,268とある。 今、古い町並みは、旧山陰道沿いに展開している。旧街道に沿った町並みであるが、宿場町ではなかった。中2階建て平入り・切妻造り・漆喰塗込めの家並みが続く。 一階庇の付根部分にナマコ壁の装飾が施された家が多い。赤瓦と黒い瓦が入り混じった町並みはなかなか見事な景観を見せていた。 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 昭和54年 島根県の地名 平凡社 (有)平凡社地方資料センター 1995年 |
荒島町の町並 |
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