雲南市掛合町の町並み 
掛合町掛合
地図


掛合町掛合の町並

 雲南市掛合町掛合は島根県南東部、斐伊川の支流の三刀屋川の中流域に位置する。
江戸時代は松江藩領。松江−三次−広島や尾道を結ぶ出雲街道沿いの在郷町として発展した。
掛合村は松江藩領の藩境になり、上番所や下番所が置かれ警備にあたった。
江戸時代初頭から掛合村の一画に掛合町があり、高札場や上番所が置かれ、松江藩領支配の重要な拠点となっていた。掛合村は製鉄業も盛んであった。安永2年(1773)の資料によると家数182・人数833。天保14年(1843)の資料では家数204・人数966とある。明治初年の「皇国地誌」によると家数242・人数1,150・牛303。職業は農業188・工業29・商業15などとある。
江戸時代、掛合村の中で町場化された地域を掛合町(又は懸合町)といい、江戸初期から町扱いされていて、「雲陽大数録」には飯石郡の町場として三刀屋・吉田・掛合の三町があげられている。
安永2年(1773)では「町長130間・横3間(道路幅)、家数33・人数142人」とあり、天保年間(1830〜44)には家数43・人数162。在郷町として商業活動も活発で高札場もあった。寛文以前には十日市の氾濫原付近に町があったが、寛文6年(1666)の大洪水で町が流失し、今の坂町に移ったと云われている。「皇国地誌」によると、税地は掛合村に属していて、家数46・人数214・牛1・馬5。職業は農業15・商業21・工業9で酒造家も居た。
昭和26年に掛合村と合併して大字掛合となり、飯石郡役所・掛合警察署・掛合税務署などが置かれ郡行政の中心であった。
古い町並みは旧出雲街道沿いに展開している。国道54号線が旧街道筋の東側をバイパスとして通ったので、町並みはそのまま残った。造り酒屋も健在だし、醤油屋も営業をされている。赤瓦と黒瓦の混ざった町並みで切り妻造り平入りの町並みだが、中2階建てと2階建てが入り混じった町並みだった。
前述の安永2年()に道路幅3間と記載した、そのままの様な道路幅が今に残っているようだ。
町並み指数 40
参考文献     
  角川日本地名大辞典  角川書店  角川日本地名大辞典編纂委員会  昭和54年
  島根県の地名  平凡社  (有)平凡社地方資料センター  1995年
  

掛合町掛合の町並

掛合町掛合の町並

掛合町掛合の町並

掛合町掛合の町並

掛合町掛合の町並

掛合町掛合の町並

掛合町掛合の町並

掛合町掛合の町並

掛合町掛合の町並

掛合町掛合の町並
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