雲南市掛合町波多の町並み 
掛合町波多
地図


掛合町波多の町並

 雲南市掛谷町波多は島根県南東部、飯石郡の中央部、神戸川の支流の波多川の上流部に位置する。
江戸はじめは松江藩領であったが、貞享元年(1684)以降は松江藩の支藩広瀬藩領。
村の中央部を南から北に流れる波多川に沿って、古くからの往還(現県道325号線)があり宿場として町場が形成され機能していたが、裕福とは言えない稲作を中心とした山村集落であった。でも、石州波根方面からの商品流通がみられる。
天保5年(1834)では、人数602で宿屋2・酢屋1・売物屋2・鍛冶屋3・紺屋2があった。運上銀を納めているのである程度の在郷町的な発展もあったようだ。
たたら製鉄も盛んで、田上の後山鉄山、成の鉄山などがあり、幕末から明治にかけても柄栗に堂の前たたらが置かれる等、製鉄が盛んな地域であった。
明治に入り刀根村と波多村(当時は畑村という)が合併し、「皇国地誌」によると家数193・人数1,011・牛360・馬37とある。
農業以外の特産として、斧・鎌・鍬などの鉄製品や酒・醤油などの醸造も行われていた。
今、古い町並みは旧街道筋に往時の名残を色濃く残して展開している。県道40号線がバイパスとして旧街道の南側の波多川を越えて設置されたので、古い町並みは往時のままチルド保存されたような格好になった。
町並みを構成する家屋も比較的古いようで、中には江戸期まで遡るものもあるかもしれない。平入り・切り妻造り・中2階建ての家屋が連続して軒をそろえて町並みを構成している。
今では只の住宅地になっているが、かっては在郷町として賑わっていただろう光景が今にも再現できるような町並だった。
町並み指数 50
参考文献    
  角川日本地名大辞典  角川書店  角川日本地名大辞典編纂委員会  昭和54年
  島根県の地名  平凡社  (有)平凡社地方資料センター  1995年
  

掛合町波多の町並

掛合町波多の町並

掛合町波多の町並

掛合町波多の町並

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