大田市静間町(和江地区)は島根県中央部、大田市街の北西約5kmの日本海に面した漁村集落である。静間浜の東端には和江浦が、西端には魚津浦があった。江戸時代、和江浦は漁港・商港で船問屋や船主もいた。 江戸期を通じて幕府領。久利組に属していた。 正保国絵図に村名がみられ、元禄10年(1697)の石見銀山領村々覚によると、田方316石余・畑方193石余、家数は本家92・門屋115・人数895で、門屋の多くは漁業従事者と思われる。 文政13年(1830)の村明細帳によると、高546石余、小物成りとして和江浦及び魚津浦に浦役・水夫役・船役・和布役・大敷運上・鰯網運上・生魚問屋役・地引網役・シイラ網運上・沖立船役・海草役・磯浜役などが課せられていた。 船舶は和江浦71艘・魚津浦23艘で、うち16艘は30石積以上の荷船で千石積船も一艘記載されている。廻船によって搬入された砂鉄によって、和江浦では早くから「たたら製鉄」が行われていた。 同年の家数378・人数2,042。 町並みを訪ねたのは、8月中旬の早朝。江戸時代には廻船問屋もある商港・漁港だったので、大型の家屋が混じる港町を想像したが、訪ねたところは平地にある漁村集落だった。漁村特有の狭い道の両側に軒を接し密集した住宅が建っていた。 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 昭和54年 島根県の地名 平凡社 (有)平凡社地方資料センター 1995年 |
静間町和江地区の町並 |
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