岩国市玖珂町の町並 
玖珂町
地図


玖珂町の町並
 岩国市玖珂町は山口県東部、島田川中流域に開けた玖珂盆地の東部に位置する。
江戸時代は玖珂本郷村といい、村内中央を山陽道が東西に通り、旧玖珂町全部が玖珂本郷村という大村であった。
江戸期は岩国藩領、玖珂組に属していた。山陽道の宿駅として、また市場町として発達した村であるが、郷名の初見は古く延喜8年(908)の記録に残る。
村内の山陽道に沿って市があり、本郷市・新町市・阿山市と三市に分かれ玖珂三市と呼ばれた。
玖珂本郷村の村高は慶長15年(1610)の検地帳では5,032石余、家数369・市の家数72とあるが、当時の玖珂本郷村は、後の須通村・用田村・午王内村などが含まれてた。慶安4年(1651)の「御領分村一紙」にはじめて玖珂本郷のみの高が記され、4,069石余とある。
享保9年(1724)の調査では高4,444石余で、市以外の家数553とあり、人数は享保11年(1726)の調べでは市を含んで3,600とある。
平地が多く水田が良く開けていたので、米作りに専従し、経済は安定していた。畠には麦が作られたが、豆類も大根も品質の良いものができた。また婦女子の副業に紡績が普及し、玖珂縮布が生産されていた。
山陽道に沿った玖珂三市については、本郷市の長さは3町40間、家数60。新町市の長さは2町35間、家数37。阿山市の長さは3町8間、家数59。合わせて市の長さ9町23間、家数156であった。市は毎月本郷市は7日・24日の2回、新町市は11日の1回、阿山市は2日・20日の2回の合計5回市が立った。
代官役所は藩主の休息所であった御茶屋の中にあり、はじめは阿山市の南側にあったが、延宝5年(1677)に本郷市の北側(現玖珂小学校校庭)に移転してきた。御茶屋に付属して米蔵、手子番所二軒、天下送り番所などがあった。
旧山陽道に沿って僅かに古い伝統的な様式の民家が点在する。造りり酒屋や醤油醸造元などの建物が町並み景観を造っている。平入の建物より妻入りの建物が多いのが特徴だろうか。
町並み指数 30
参考文献    
  角川日本地名大辞典  角川書店  角川日本地名大辞典編纂委員会  1988
  山口県の地名  平凡社  下中邦彦  昭和54年

玖珂町の町並

玖珂町の町並

玖珂町の町並

玖珂町の町並

玖珂町の町並

玖珂町の町並

玖珂町の町並

玖珂町の町並
古い町並みへ戻る