備前市片上は岡山県南東部、観音山の南西部、片上湾の北奥に位置する。 江戸期には西片上村・東片上村と分かれていた。山陽道の片上宿が西片上村に置かれ、本陣・脇本陣があり、馬継が行われていた。 西片上村の村高は宇喜多氏・小早川氏の支配を経て、慶長8年(1603)から岡山藩領。村高は「領分郷村高辻帳」462石余、「天保郷帳」「旧高旧領」ともに591石余、また「備陽記」では村高462石余で家数436・人数1,980とある。化政期の「和気郡手鑑」では家数372・人数1,451、山陽道の宿場町で、村内には山陽道から分かれて、北の周匝(すさい)村から津山への道の片上往来(津山街道)が分岐し、札場・両替屋・銭屋もあり、定期的に市がたちにぎわっていた。 町場は山陽道にそって形成され、更に東片上村へ町並が続いていた。 湊は周辺の物産の積出港として中でも備前焼の積出で賑わい、岡山藩の米蔵もあったので、年貢米を大坂備前屋敷に積出を行っていた。 今、旧片上宿を訪ねると、旧本陣や脇本陣の在った辺りは開発されて古い家屋などは殆ど残って居らないが、当時の宿場の両端だった所に辛うじて伝統的な様式の家屋が残っている。 西端は西片上だが、東は旧山陽道に沿った東片上集落に古い町並が僅かだが見られた。その東片山には造り酒屋さんの建物が古い町並を形成していたのが印象的だった。 岡山県の地名 平凡社 平凡社地方資料センター 1988年 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 1989年 |
西片上の町並 |
西片上の町並 |
西片上の町並 |
西片上の町並 |
西片上の町並 |
東片上の町並 |
東片上の町並 |
東片上の町並 |
東片上の町並 |
東片上の町並 |
東片上の町並 |
東片上の町並 |