豊後大野市犬飼町犬飼は大分県南東部で、北流する大野川中流域の左岸に位置する。 文禄2年(1593)以降、江戸時代を通じて中川氏の岡藩領のまま明治を向かえる。 明暦2年(1656)に、大野川沿岸にあった田原村鶴ノ瀬の船着き場が、下流の犬飼に移ってきた。犬飼町が立てられて、竹田城下へと向かう犬飼道(現国道57号線)の出発点となった。船着き場が犬飼に移ってきたのに伴って、参勤交代の船の発着場となり町場が形成された。寛文2年(1662)までに藩の御茶屋・御蔵などが設けられ、藩内の年貢米・大豆などの穀類が集められ、大野川河口の三佐港へ送られるなど、大野川舟運の物資集散地として重要な機能を持つようになった。 文政3年(1820)の「犬飼町人先祖書」には、茜屋・関屋・伊勢屋など79人の町人が見え、幕末の家数67とある。 この地が交通の要衝であったことは、そのまま現代に通じ、国道10号線・国道57号線・国道326号線・国道502号線が交差したり、基点になったりしている。 町並みは旧犬飼道に沿って展開している。交通の要衝であるのが幸いして、早くからバイパスとして国道が旧街道筋から分かれてしまったので、町並みが昔のまま残った。 平入り・妻入り・切り妻造り・入母屋造り・中2階建て・2階建てで漆喰塗りこめの伝統的な様式で建てられた商家の建物が連なる。 かって、一階は千本格子が備わっていたのだろうが、さすがに今は改装されて千本格子は見られなかったが、2階部分は改装されずに漆喰塗りこめのままの家が多くみられる。また本瓦葺きの家屋もみられ、小さな区域だが古い街並みとし見ごたえある所だ。 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 昭和55年 大分県の地名 平凡社 平凡社地方資料センター 1995年 |
犬飼町犬飼の町並 |
犬飼町犬飼の町並 |
犬飼町犬飼の町並 |
犬飼町犬飼の町並 |
犬飼町犬飼の町並 |
犬飼町犬飼の町並 |
犬飼町犬飼の町並 |
犬飼町犬飼の町並 |