平谷村は長野県最南部、下伊那郡の南西部に位置する標高1000m内外の寒冷地山村。矢作川の上流平谷川に沿う山間小盆地で、三州(伊那街道)街道(現国道153号線)の中馬宿として栄えたところ。特に塩の道として東海と南信濃を結ぶ重要な街道であった。 江戸時代はすべて幕府領のまま過ごした。 この平谷村には伊那街道(現国道153号線)の他に、西に向かって岩村町方面への上村街道(現国道418号線)、東に向かって売木・新野を経て信濃に向かう平谷街道(現国道418号線)が分岐した交通の要衝であった。 江戸時代中期から明治時代中頃にかけては、商品経済が発達してきたので、伊那街道の中馬宿として栄えた。中馬の頭数は宝暦10年(1760)15疋。文化13年(1816)108疋。文化14年(1817)119疋。文政3年(1820)117疋、天保13年(1842)140疋と増加し、明治に入り更に増加した。中馬稼ぎが山村農民の主たる収入源であったことを示している。 江戸末期には、宿の70パーセントが中馬に関係し、中馬を追うものが73戸のうち38戸を占めていたという。そして次第に農間稼ぎから専業化していったという。 今、古い町並みは旧伊那街道に沿って展開しているが、中馬宿当時の面影を探すが、特徴あるものが残っておらない。質素な建物だったので全て建て替わっているようだが、宿場の旅籠建物と思うとなかなか趣がある町並みだ。町並みを構成する家々は大正から昭和初めにかけて建てられたと思われる建物ばかりだ。勾配の緩いトタン葺きの屋根が多いのは、板葺き石置き屋根の名残と、寒冷地の為と思われる。 長野県の歴史散歩 山川出版社 長野県高等学校歴史研究会 1996年 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 1990 長野県の地名 平凡社 下中邦彦 1979年 |
平谷村の町並 |
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