白馬村青鬼集落 
大城青鬼
地図


青鬼集落
  青鬼は長野県北西部白馬村の中の集落であるが、11戸という小さな集落である。
白馬村は北アルプス白馬岳の麓、姫川流域に位置する村で、越後と信州を結ぶ塩の道千国街道(糸魚川街道)の中継地であった。青鬼はその白馬村の北東の山腹にある山村集落であるが、江戸時代には小谷村千国で千国街道と分かれて小谷村梨平、白馬村青鬼、野平を経て柄山峠を越え、鬼無里村に達する道は、生活道としてだけでなく、善光寺や戸隠神社へ参詣の道であり、外部と頻繁に交流があったようだ。
集落の住戸は江戸時代後期から明治時代に建てられた14棟の茅葺屋根の主屋と土蔵によって構成されている。万延・文久年間(1860〜63)には、当時の集落全戸の24軒によって、長さ3kmにおよぶ用水路である「青鬼上堰」が開削されると言う大土木工事が行われた。これによって青鬼集落の周辺に約200枚の棚田が広がるようになった。
14棟の主屋は全部茅葺屋根のトタン覆いの寄せ棟の大型の建物で、表側屋根をカブト造りにして、表側のみ中2階建て(一部平屋建て)になった家屋が殆どである。そして正面は少し出桁造りになっていて、真壁造りの壁面に全戸統一している様だ。最も古いとみられるものは19世紀前期に遡ると推定される。土蔵は主屋から少し離れた位置に建っていて、万一の火災を考慮したものである。また土蔵には冬に備えて雪囲いの木組みが組んであり、晩秋にはここに藁を架けて雪囲いした風景が見られる。
表側をカブト造りにしているのは、雪の多いこの地方では、2階部分が冬の出入口になることの対応のようであると思う。
青鬼集落は、他の白馬村の集落の様にスキー客用に改造された民宿もなく、昔は障子と雨戸であったのが、ガラスサッシュに改造された位で、大きな改造がされていない。
このような形態の家屋は、かっての千国街道沿いには多く見られたが、開発の波により殆ど取り壊され、この集落のように全戸同じ形式の家屋は大変珍しいもので、いつまでも残したいものだ。
集落の東側小高い所に棚田が広がる。石垣によって形成された棚田は見事なもので、この棚田は「日本棚田100選」に認定されている。
願わくば、茅葺を覆っているトタンの覆いがなくなると、もっと素晴らしい町並が出現するのであるが、重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのを機会に、そう願いたいものである。
町並指数 80
参考文献
   白馬村教育委員会発行の青鬼集落による

青鬼集落

青鬼集落

青鬼集落

青鬼集落

青鬼集落

青鬼集落の家

雪の青鬼集落風景(タッキーさんより拝借)
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