伊勢本街道に沿った奈良県と三重県の県境の村 御杖村菅野は「おかげ参り」で賑わった当時の面影を残しながら静かに佇んでいた。 江戸時代のはじめは松山藩領だったが、元禄8年(1695)からは幕府領。 江戸期には伊勢本街道という伊勢参宮の道として賑わった。京都や大坂・西国から長谷寺に詣でた旅人は萩原(榛原)から高井・諸木野・山粕(曽爾)・奥津から伊勢路に入っていた。 安永年間(1772〜81)や文化年間(1804〜18)頃の定宿帳には菅野に「丸屋」「井筒屋」「油屋」の旅籠名が見られる。江戸末期から明治に入り、当地では煙草生産が盛んで県内屈指の栽培地であったが、専売法成立後は衰退し代って繭の産額が急増した。大正5年には全農家777戸の内、養蚕農家は596戸で76パーセントも占めていた。 天保3年(1832)健立の大神宮常夜灯や伊勢への道標などが残り、飯屋・茶屋・酒屋の屋号をもつ家も多く、伝統的な様式の家やかっては旅籠だったと思われる家が街道に沿って建ち並び、当時の賑わいが偲ばれる町並になっていた。 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 1990年 奈良県の地名 平凡社 下中邦彦 1981年 |
菅野の町並 |
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