橿原市は県の北西部に位置し、醍醐集落は橿原市の中央部やや東寄りにある。 藤原京跡北東部の集落で、集落北部を伊勢街道(初瀬街道)(横大路)が通っている。 江戸期はじめは二見五條藩領、元和2年()幕府領、元和5年郡山藩領、延宝7年()幕府領、そして文政9年から高取藩領で明治を向かえる。 安政5年()の人別改帳では人数236とある。明治15年頃の家数41・人数347とあり、明治17年の主産物は米・裸麦・蚕豆・ブドウ・菜種などであった。 江戸期・明治期と農村集落として推移していたであろう様相は今でも色濃く残っている。土地の集積が進んだ豪農の屋敷も見られた。 集落内を歩いていて、中世には環濠集落であったとの説明板があり、地元の方に聞いて環濠跡も見ることが出来た。 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 1990年 奈良県の地名 平凡社 下中邦彦 1981年 |
醍醐町の町並 |
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醍醐町の町並 |
醍醐町の環濠跡 |