山東町矢名瀬の町並
矢名瀬
地図


矢名瀬の町並
 この地方は矢名瀬になったり、梁瀬であったりとややこしいが、地名論議は別にして、山陰街道沿いに位置する矢名瀬町には、近世初頭から市が立ち、町家の発達も見られ、酒造・製糸・絹織物業も盛んであった。
江戸時代は元和元年(1615)頃から幕府領で行政・経済・産業・交通の中心地であって、明和9年(1772)村明細帳によると、家数120・人数470。職業は医師1・大工4・木挽1・紺屋4・鍛冶屋2などがあり、一応町場の様相であった。また市も毎年盆と年末に開かれ、矢名瀬市として知られていた。絹織物業・製糸・酒造業も盛んで酒造株所有者が6軒もあった。
矢名瀬は山陰道二筋の分岐点であり、成合詣(成合寺参詣)の街道でもあったことから、一般旅行者をはじめ、商人・出稼人・杜氏・巡拝者・湯治客などの往来が多く、旅籠も4〜5軒もあった。豊岡藩主の参勤交代の道筋にあたり、休憩本陣もあったと思われる。
近世初頭から盛んであった養蚕・製糸・絹織物業は、明治15年に洋式機械による製糸が始まり、大正6年には郡是製糸工場がこの地で開業するなど、今日の繊維加工業の基となった。
今この町並みを歩くと、国道9号線・国道427号線は旧街道を避けてバイパスとして通過したため、古い町並みは昔のまま残っている。町の佇まいからこの地方の中心地であったことが判り、切り妻造り2階建て平入りの建物が多く、漆喰塗り込めで虫籠窓を備えた家も多く、落ち着いた静かな町並みであった。また、本卯建を備えた家も見られた。
町並み指数 50
参考文献    
  角川日本地名大辞典  角川書店  角川日本地名大辞典編纂委員会 昭和63年
  兵庫県の地名  平凡社  平凡社地方資料センター  1999年

矢名瀬の町並み

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