東大阪市角田の町並み 
角田三丁目
地図


角田三丁目の町並

 東大阪市は大阪府中央東部に位置し、角田はその東大阪市のほぼ中心部に位置している。
角田は平成5年からの名称で、それ以前は菱江と呼ばれていた。
宝永元年(1704)の大和川付替え以前は、大和川から分流した玉櫛川が更に分流した菱江川が村の西を流れていた。同川の氾濫原上に位置し、平坦・低湿地であった。村の南端を暗峠越えの奈良街道が東西に通っていた。
寛文6年(1666)より大坂定番米津田盛領となり、天和元年(1681)でも同じ。元文2年(1737)では幕府領で、宝暦10年(1760)でも幕府領。寛政6年(1794)では幕府領で高槻永井氏預かりとなっている。幕末には京都所司代松平定敬領。
宝暦10年(1760)の村明細帳によると家数170・人数740・牛13とある。
明暦年間(1655〜58)に暗峠越えの奈良街道の宿駅として松原宿が設置され、交通量の増加に伴って天明3年(1783)菱江村も助郷村に指定された。
明治2年の村明細帳によると家数191で、その内53軒の商家があり町場的な街道沿いの集落であった。
角田は菱江村の北部地域を指す通称として古くから言われていたが、平成5年の名称改正で国道308号線から北側が正式に角田と決まったもの。
古い町並みは、角田3丁目の一画に纏まって残っていた。大きな主屋を持つ豪勢で重厚な建物が点在している。街道筋でも在郷町でもない農村集落だったので、家の周りは板塀や土塀で囲われた豪農の屋敷の形態である。立派な長屋門を構えた家屋も見られた。
町並み指数 40
参考文献
  角川日本地名大辞典  角川書店  角川日本地名大辞典編纂委員会  昭和58年
  大阪府の地名  平凡社  下中邦彦  1986年

角田三丁目の町並

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