西近江路(北国街道)に沿った町並で、江戸時代には南市村と云われていた所で、明治7年に南市村を含んでこの辺りの10ヶ村が合併して田中村となる。 南市村は中世から商業の盛んな土地で、高島南市商人として五個商人に含まれていた。 南市商人が保内商人と若狭通商を巡って度々対立を繰り返していることが、各種古文書で見られる。 江戸時代の初期の領主は不明ですが、寛永11年(1634)より膳所藩領となり、膳所藩の代官所が置かれていた。中村家膳所藩明細帳では、家数90・人数455とある。 今、西近江路に沿った南市は伝統的な建物も点在する町並である。平入り・妻入りが混り、切り妻造り・入り母屋造りも混じりあった町並で有りながら、何処と無く落ち着いた感じの町並と感じるのは、古い街道に沿った伝統ある商人の町だからだろうか。 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 昭和54年 滋賀県の地名 平凡社 (有)平凡社地方資料センター 1991年 滋賀県の歴史散歩下 山川出版社 滋賀県高等学校歴史散歩研究会 1993年 |
安曇川町田中の町並 |
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