彦根市の仏壇町の町並
元岡町・大橋町・芹中町
地図


元岡町の町並
 彦根市の仏壇屋街は彦根市市街南東部、芹川左岸(南側)に位置する。
元岡町・大橋町・芹中町は共に仏壇屋さんが多く住んでいる地域で、江戸期はそれぞれ城下町の中の一町であった。
南から順に説明すると、元岡町は江戸期は岡町といい、元岡町と改称されたのは昭和12年のこと。岡町は城下町の南端に位置し、元禄8年(1695)の家数62・人数235(武士は除く)、職業は古鉄屋18・塩屋7・道具屋6他に魚屋・油屋・糸屋・小間物屋などがあった。正保元年(1644)に町割りが行われ、七曲りと通称され、仏壇関係の職人が集住した。嘉永3年(1850)の家数50。人数は弘化元年(1844)209、安政3年(1856)253、万延2年(1861)231とある。
大橋町は岡町の北に位置し、元禄8年(1695)の家数71・人数243(武士は除く)、職業は古鉄屋23・茶屋6他米屋・豆腐屋・塩屋・酒売・などがあった。正保元年(1644)に町割りが行われ、七曲りと通称され、仏壇関係の職人が集住した。嘉永3年(1850)の家数48。人数は弘化元年(1844)205、安政4年(1857)189とある。
芹中町は大橋町の北に位置し、江戸期には善利中町と言った。元禄8年(1695)の家数67・人数224(武士は除く)、職業は桶屋10・古鉄屋9・米屋5の他塗師・屋根屋・仏師などがいた。正保元年(1644)に町割りが行われた。嘉永3年(1850)の家数69。人数は弘化元年(1844)230・安政5年(1858)216。明治期になり仏壇・仏具・建具関連の商店が増えてきた。
仏壇屋街の一番南端の元岡町から、約1.2km程続く芹川に沿った仏壇屋街の町並を歩きだした。この辺りは彦根城下の南端に当たる地域である。平入・切妻造り・中2階建ての伝統的な様式で建てられた家屋が連続している。千本格子を備えた家屋が多いのには驚く。虫籠窓や袖壁を備えた家屋も散見でき、七曲がりと言われるように曲がり角が多い町並だ。
元岡町・大橋町と歩いても、仏壇屋街と言われるほど仏壇屋さんは多くないと思ったが、北に向かって歩き芹中町に入ると仏壇屋さんが多く見られるようになった。この辺りは明治になってから仏具関連の職人が多く住んだ所で、旧岡町や大橋町よりも仏壇屋街としては新しい所だ。でも仏壇屋の看板を上げた家屋は比較的新しい家屋で、伝統的な家屋で仏壇関係の看板を上げた家屋は殆ど見られなかった。
町並指数  40
参考文献
    角川日本地名大辞典  角川書店  角川日本地名大辞典編纂委員会  昭和54年
    滋賀県の地名  平凡社   (有)平凡社地方資料センター  1991年


元岡町の町並

元岡町の町並

元岡町の町並

大橋町の町並

大橋町の町並

大橋町の町並

大橋町の町並

芹中町の町並

芹中町の町並

芹中町の町並
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