南牧村羽沢勧能集落は群馬県の最西端の南牧川の上流域に位置する。勧能村という名称は江戸初めのもので、江戸初期にはもう羽沢村の枝村になっていた。 江戸期は幕府領。勧能村の村高は「寛文郷帳」で畑方53石余だが、「元禄郷帳」では羽沢村の枝村として扱われている。 説明等は南牧村羽沢のページを見てください。 この勧能集落は南牧川に沿って西に進んできた県道93号線が、南牧川を渡った所(県道108号線を分岐した所)から川下に向かって南牧川の左岸に見事な集落風景を展開する。急斜面に家屋がへばりつき、今にも谷底を流れる南牧川に転げ落ちそうな集落風景。急斜面を全て石垣で支えていて見事な石垣集落風景を見せている。 これだけの石垣を維持するのは大変だろう。石垣の間から生える樹木や雑草の除草だけでも大変な仕事と思う。これを怠ると忽ち石垣が崩れてくる。今は石垣の維持は出来ているようだが、過疎が激しいので今後この石垣はどうなるのか。 見事な石垣集落を楽しく見たのと、石垣の今後が心配の交差した探訪だった。 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 昭和63年 群馬県の地名 平凡社 平凡社地方資料センター 1987年 |
羽沢勧能の町並 |
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