日本海側有数の漁業基地の小木漁港。北洋サケ・マス漁業で急成長を遂げた活気ある小木は古くから奥能登の重要な港であった。江戸時代は加賀藩領であった。 富山湾に突出した日和山台地と御舟崎に囲まれた天然の良港で、古くから沿岸航路の泊地として知られていた。平地が少なく市街地は崖下の海を埋め立てたもので、港に沿って馬蹄形をなしている。 寛文10年(1670)の村御印で猟船梶役990匁とあることから、漁業が活発に行われていたようだ。安永9年(1780)百姓家数134。漁業の他に四十物業(干物)・廻船業を営むものも多く、石切業もあり、小木石として越中方面まで移出されていた。又酒造業を営むものも居たようだ。 明治22年の家数363・人数1,848。同年小木村役場が設置されたのを始め、警察派出所・漁業組合・税関監視所などが次々と設置され近隣の行政・政治の中心地となった。 漁港を抱えるため水産業も盛んで、機械船の発達とともに飛躍的な発展を遂げ、鉄鋼船になってからは北洋・オーストラリア方面にも出漁するようになった。 町並は概ね崖下の海を埋め立てて形成されたことは、現地に立ってみると簡単に理解できる。古い町並は港に沿った極一部の小さな地域だけだが、板張りの民家が続く、落着いた町並だった。 石川県の地名 平凡社 (有)平凡社地方資料センター 1991年 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 昭和56年 |
小木の町並 |
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