越前市広瀬の町並 
広瀬
地図


広瀬の町並
 越前町広瀬は九頭竜川の支流日野川中流域に広がる武生盆地の西部、日野川支流の吉野瀬川が形成した河岸段丘と、それに続く扇状地に位置する。かっての府中(現越前市中心部)と河野浦・今泉浦を結ぶ西街道に沿って発展した街村の性格が強い町である。
天正18年(1590)の府中知行目録には「広瀬村」1,882石余と見える。慶長3年(1598)の府中高目録では2,443石余、慶長国絵図には2,443石余と記載されている。
「正保郷帳」からは上下二村に分けられて記載、西側上広瀬村1,200石余、東側下広瀬村1,243石余で、両村とも江戸期は福井藩領。
寛政4年(1792の)「支配下村々高家人数留」によると、上広瀬村は家数87・人数298。下広瀬村は家数79・人数334とある。
上下広瀬村は東西に通る西街道の宿駅で、江戸時代には上下両広瀬村にそれぞれ宿問屋があった。
上広瀬村・下広瀬村は明治初期に合併したと思われ、明治19年の「地方行政区画便覧」では「広瀬村」と記されている。
明治24年の家数213・人数1,107、大正9年家数209・人数1,074、昭和10年家数197・人数1,035とあり、昭和30年の世帯数270・人口1,412。昭和60年353世帯のうち農家戸数は167であった。江戸期から昭和にかけてはこの地は農業を主体とした純農村であったのだろう。
今、広瀬町の様子は農家集落の中を旧街道が通っていると云える状態で、伝統的な様式で建てられた商家の建物は殆ど見られず、江戸末期から明治期にかけての土地集積・山林集積で財を成した豪農や酒造家・醸造家と思われる大型家屋が連なり町並を形成していた。
町並み指数 30
参考文献
   角川日本地名大辞典  角川書店  角川日本地名大辞典編纂委員会  1989年
   福井県の地名  平凡社  下中邦彦  1981年   

広瀬の町並

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