由利本荘市神沢は秋田県の中南部、日本海に面し衣川の河口の少し南に位置する。 江戸初期の慶長7年(1602)〜元和8年(1622)最上氏領で楯岡豊前守代官支配、同8年(1622)本多正純領、同9年(1623)から亀田藩領で明治を向かえる。 宝永7年(1710)の御巡見様御案内に付留書覚によると神沢村の家数50軒程・猟船9艘とあり、享和2年(1802)の伊能忠敬の「測量日記」に家数60軒高地にあり」とある。天保9年(1838)の御巡見使御下向取調帳では家数69軒・人数351人・馬63頭・猟船3艘とあり、猟船が減少している。 明治初年の家数80・人数442・馬51で、天保9年より馬数が減少している。 海岸は砂丘が占めているためだろうか漁業があまり盛んでないようだ。 海岸の砂丘近くに建つ家屋を潮風、砂風から守るために防風柵が設置されている集落。厳しい冬の日本海からの風雨を避けるのは大変な忍耐と努力が要るもとと想像しながらの探訪だった。 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 昭和55年 秋田県の地名 平凡社 下中邦彦 1980年 |
神沢の町並 |
神沢の町並 |
神沢の畑はこのような防風柵 |
神沢の畑の防風柵 |
神沢の町並 |
神沢の町並 |
神沢の町並 |
神沢の町並 |