鶴田町大性は青森県西部、津軽平野のほぼ中央部に位置する鶴田町の南部にあり、岩木川中流右岸の平野部である。 江戸期を通じて弘前藩領。村高は「慶文高辻帳」1,292石余、「貞亨4年検地水帳」638石余、「寛保高辻帳」1,292石余、「天保郷帳」992石余、「旧高旧領」437石余。村位は中で、天明3年(1783)の凶作以降村高のうち573石余が荒地となり、また、天保5年(1834)には以岩木川の決壊により591石余が砂入の被害にあったという。文政2年(1819)の卯年書上之表によると家数30・人数200とある。明治初年の家数48(国誌)、明治12年の「共武政表」によると家数53・人数318、馬15。物産は米・大豆とある。明治24年の家数60・人数417。 今、集落家並みは南北に走る古い方の国道339号線を挟んで両側に展開している。説明書によると集落の西側はリンゴ園、東側には田圃が広がるとある。妻を国道に向けた寄棟の茅葺屋根の大型農家家屋が連なる集落が見られる。茅葺をトタンで覆いった家も、瓦に葺き替えた家も妻を国道に向けた家屋である。大屋根には養蚕時代の換気の櫓も飾りの意匠として残っている家が多く見られた。 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 昭和60年 青森県の地名 平凡社 下中邦彦 1982年 |
大性の民家 |
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大性の町並 |
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