大崎市古川は宮城県の中央部から少し北部寄り、大崎平野の中央部に位置する。 古川村は江戸初期、鈴木和泉の知行地で、「元禄郷帳」の村高は891石余、「天保郷帳」では1,131石余。宝暦年間(1751〜64)の家数56・人数186。 古川町は稲葉村地内の三日町、大姉村地内の七日町・十日町が連なって一つの宿場を形作っていたので、その宿場町を古川町と呼ばれたもの。 南北の奥州街道から東西の羽前街道が分かれる分岐点にあたる交通の要衝で、江戸期以来仙北の主要宿場として毎月3.7.10の日には市が立ち、周辺農村の商業の中心地として栄えていた。 「安永風土記」によると、町居住は古川82軒・大姉224軒・稲葉101軒で、足軽の30軒を合わせて437軒が集落をなし、約2,200人が町場を形成していた。 七日町には御仮屋と外人屋が置かれていた。御仮屋は藩主の領内巡回の際の休泊所で、外人屋は他藩の大名の休泊所で、いわゆる本陣であった。 江戸時代には交通・商業の中心地として栄えたが、明治23年日本鉄道の開通により、宿場町としての機能を失い衰退した。 市街中心部の旧古川宿の古川三日町・七日町・十日町には余り古い町並が残っていない。 唯一残っていると思われるのは、三日町と七日町を繋ぐ諸絶橋の袂にある酒蔵群である。 酒造業を営んでいた橋平酒造店の酒蔵を国・県・市が協力して第三セクター方式で商業施設に改修された「醸室」(かむろ)の建物群だろう。どの酒蔵も綺麗に改修され、飲食店などが営業していた。 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 昭和54年 宮城県の地名 平凡社 (有)平凡社地方資料センター 1987年 |
古川七日町にある元酒屋さんの商業施設 |
古川七日町にある元酒屋さんの商業施設 |
古川七日町にある元酒屋さんの商業施設 |
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