名取市は阿武隈川と名取川に挟まれた海岸平野、東は太平洋に面する。 増田は増田川中流の水田地帯で、江戸期は奥州街道の宿駅が置かれていた。 近世は仙台藩南奉行区で、増田村に代官所が置かれていた。 伊達政宗による仙台築城に伴い、西方丘陵沿いを通っていた奥州街道が東に付替えられると、仙台と岩沼宿の間の増田に宿駅が置かれた。設置の時期は仙台城下長町同様、慶長17年(1612)と推定され、慶安3年(1650)町場整備が行われ、承応4年(1655)宿駅に指定された。 北町・本町の町場にそれぞれ肝煎兼検断が置かれ置かれていた。 村高は「元禄郷帳」1,494石余、「天保郷帳」1,713石余、「封内風土記」では家数208。 3と7の日に六斎市が立てられ、「名取郡地誌」では家数187・人数1165。米・麦・大豆を産し、民業は農業143・工業14・商業25。 古い町並を求めて、名取市の旧奥州街道沿いの増田宿を探し回ったが、目ぼしい伝統的な建物は2棟しか見つからなかった。共に白漆喰塗り込めでナマコ壁の商家建物であった。東北大震災で被害に遭って取り壊された家屋もあっただろうが、それよりも仙台の衛星都市とした発展したために古い町並が残っておらないのだと思った。 角川日本地名大辞典 角川書店 角川日本地名大辞典編纂委員会 昭和54年 宮城県の地名 平凡社 (有)平凡社地方資料センター 1987年 |