花巻市大迫町の町並 
大迫町大迫
地図



大迫町大迫の町並

 花巻市大迫町大迫は岩手県中央部、北上山地の主峰早池峰山の南西山地に位置している。
江戸期は盛岡藩領、大迫通に属す。大迫村(おおはさまむら)の村高は「正保郷村帳」426石余、「貞亨高辻帳」503石余、「邦内郷村志」358石余、「天保郷帳」1,628石余、「安政高辻帳」1,306石余、「旧高旧領363石余。尚、村高が極端に上下しているのは枝村の内川目村・外川目村の村高が入れられたり除外されたりしたためと思われる。
「邦内郷村志」では家数は75とあるが、他に大迫町と称される町場があり、家数194とある。この大迫町は上町・中町・下町と3町に分けられ、大迫3町とも総称された。「管轄地誌」では家数350・人数1,709、馬189とある。
元和3年(1617)盛岡藩主南部利直の命により、古くからの宿場(九日町)を移して、上町・中町・下町の町割りを実施し、大迫通代官所が置かれたとある。
大迫は盛岡ー乙部ー達曾部ー大迫ー遠野ー大槌を結ぶ大槌街道(遠野街道)の宿駅であったが、参勤交代の大名が通らないので、宿には本陣や旅籠はなく、本宿3〜4軒、巡番宿20数軒が指定されていた。本宿には藩家老以下代官所下役人・諸番人以上、巡番宿には同心や社家が宿泊し、一般人や商人は民家・商家に宿泊した。
9の日の三斎市も盛んで、内陸部や沿岸部の商人が集まり、市神の祭礼も行われた。
今、現在も公共施設・工場・商店・住宅が集中し、旧宿駅・宿場町の名残が色濃く残り、市も立つ在郷町であったことも理解できる町並が残っている。
旧街道筋を歩くと、極端な豪商と思われる家屋は見られなかったが、街道に沿って軒を接して密集して建つ家屋に、こんな北山山地の山の中でこれだけの町場が存在していたのかと不思議に思える町並だった。
町並指数 40
参考文献   
  角川日本地名大辞典  角川書店  角川日本地名大辞典編纂委員会  昭和60年
  岩手県の地名  平凡社  (有)平凡社地方資料センター  1990年  

大迫町大迫の町並

大迫町大迫の町並

大迫町大迫の町並

大迫町大迫の町並

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大迫町大迫の町並

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