会津美里町高田甲の町並 
高田甲
地図


高田甲の町並

 会津美里町高田は福島県西部、会津盆地の南西部、阿賀川の支流宮川の扇状地に位置する。江戸期は会津藩領で終始した。
村高は文禄3年(1594)の蒲生高目録では2,285石余、寛政元年(1789)の「会津鑑」では2,617石余、「天保郷帳」2,593石余、「旧高旧領」2,623石余。寛文5年(1665)の家数は306軒・人数1,837人、馬99で、18種の商売人を数え、4・8の日の六斎市が立っていた。化政期の家数は271とある。物産は麻があった。
江戸期の高田は、若松及び越後国から下野国に通じる重要な駅宿で、若松に次ぐ賑わいを呈していた。坂下村(現会津坂下町)から大内村(現下郷町)を経て栃木県下野国に続く下野裏街道の宿駅で、若松から金山谷に至る金山郷街道も交差する交通の要衝である。
町並は南北に長く連なり、南から北に上町・中町・下町と続いていた。
高田宿は中世から宿駅機能を持っていたと考えられ、慶長8年(1603)当宿検断坂内氏は江戸から会津までの伝馬手形を与えられている。
今、JR只見線会津高田駅前から真っすぐ南に延びる、旧下野裏街道に沿って古い伝統的な様式の建物が多く残っている。一部町並を呈していたが、若松に次ぐ賑わいとは程遠い、街道沿いの小さな在郷町と云う感じだった。
町並み指数 40
参考文献
  角川日本地名大事典  角川書店  角川日本地名大事典編纂委員会  昭和56年
  福島県の地名  平凡社  (有)平凡社地方資料センター  1993年 


高田甲の町並

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