山県市谷合の町並  
谷合
地図


谷合の町並

 岐阜県山県市谷合は岐阜県南西部、神崎川と武儀川の合流点に位置する。
江戸期は谷合村で、はじめは幕府領、元文2年(1737)から岩村藩領。村高は天正17年(1589)の検地帳が残り、谷合村210石余、かたかり村37石余、ひん原村11石余、都合259石余と記されている。「慶長郷帳」「正保郷帳」共に279石余、以後地内の片狩・日原・円原が分村独立して、寛政13年(1801)では213石余。以後、新開による増加で「天保郷帳」「旧高旧領」共に361石余となる。
「町村略誌」によると家数247・人数1,193、特産に手漉き和紙・茶・生糸・挽板があった。天保13年(1842)に紙漉屋が70軒あったという。昭和11年の家数347・人数1,607。
手漉き和紙生産は明治に入り養蚕業の発達に押されたが、戦後まで続けられていた。明治期になり当地の特産として脚光を浴びたのが谷合杉・谷合板と呼ばれる、手挽によれ厚手の杉板で、当地に製材業を発展させる基となった。
谷合村は江戸期・明治期・大正期そして昭和に入っても、この地方の政治・経済・文化の中心地として発展していた。昭和30年には近隣の葛原村・富波村・北山村など6ヶ村と合併し美山町が成立し、役場が谷合に置かれた。
今、比較的広い街道(現国道418号線)に沿って古い町並が展開している。昔からの街道が拡張されたのだろうか。拡張されたのなら片側は新しい形式の家屋が建ち並ぶ筈だが、街道に沿って両側に古い形式の家屋が並ぶ。殆どは明治期以降に建てられた建物のようだが、2階建ちの軒の揃った町並は見事な物である。思わぬ古い町並に出会えて幸せという感じで探訪を終えた。
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参考文献
  日本地名大辞典    角川書店     日本地名大辞典編纂委員会     昭和59年
  岐阜県の地名     平凡社     下中 弘   1989年   


谷合の町並

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