塩田温泉
上山旅館
兵庫県姫路市夢前町塩田287
電話 079-336-0020 

上山旅館前景

上山旅館前景の夕景

 塩田温泉は姫路の奥座敷と呼ばれ、温泉の発見は奈良時代とも江戸時代とも云われ定かでないが、江戸時代には源泉を中心とした湯治場を兼ねた民家が4~10軒程あり、各地から湯治客が訪れていた記録が残っている。
明治6年公衆衛生上各府県に「鉱泉の湧出の時代年月日の調査が、文部省(後の内務省)命じられた。当時の飾西郡長がこれをきっかけに、大勢の方が利用できる温泉地として塩田温泉を整備したいと村民に呼びかけた。明治7年にこれに応えて、江戸時代より宿を構えて源泉を管理していた上山作右衛門が、新たに上山旅館として創業したものである。
明治12年温泉水の分析により、良質の温泉であることが判り、温泉地づくりが始まった。明治18年地元や各地有志より寄付を募り、村営の共同浴場が新設された。
しかし、大正2年共同浴場の管理経営が村営では成り立たなくなり上山旅館が引き継いだ。
昭和に入って交通網の発達で、療養・保養や別荘として利用され客足が伸びる。
終戦後は新しいボーリングにより泉源を掘り当て、多くの旅館ができて塩田温泉郷を形成し、湯治場から観光温泉地となっていった。
バブル崩壊、阪神大震災なども重なり、客のニーズに対応できず、5軒あった旅館も今では2軒にまで減少してしまった。
その一軒が上山旅館で、古い源泉を全て所有している旅館である。明治7年創業と云われているが、江戸期から湯治宿を営んでいるので、旅館の形態になったのが明治7年だあったと云うことだろう。
今、上山旅館には鉄筋コンクリート造りの本館の他、一番古い見晴館、大正期建築の東館、そして一番設備の整った椿館の4棟からなっているが、かって客室だったであろう多くの建物が残っていた。
一番古い見晴館を指定して泊った。明治期の建物とのことだったが、昭和29年に今の上山旅館の道路脇の駐車場辺りに建ってものを、少し山を登った高台に移築したもので、更に昭和63年に改装を行い今の姿になった。次いで古い東館は大正期に建ったのですが、平成13年に全面改装されたもの。
見晴館は移築と改装がなされているので、あまり明治期の建物の様子は見られないが、意匠などには明治期の面影が残っている。
一番古い建物の見晴館の写真は、どうしても写せる場所が無く、外観の一部は写せるが全体の写真は写せなかった。こんな時には空中からドローンなどで写すしか方法がないのでしょう。仕方なくトップの写真は東館と本館の一部を写したものを掲載した。
上山旅館は8種類の自然湧出の自家源泉を所有していて、塩田温泉の湯元上山旅館と宣伝されている。僅かに塩味のサイダーの様な風味と云われ、胃腸や痛風に良いとされているが、あまり塩味も酸味も感じなかった。
変ったところで、この温泉水を使った「温泉粥」が朝食に出るのが有名である。朝食の中心になっている温泉粥だが、もう少し塩味が欲しいなあと感じた。
(2016.2.17 宿泊)


宿泊した見晴館の部屋

宿泊した部屋の天井

見晴館の他の部屋

東館の部屋

奥の庭園から東館の2階に続く木製の橋

奥の庭園から見た上山旅館 全ての建物が上山旅館

庭園の奥に露天風呂がある。入浴時には保温シートを外してお入りくださいと表示されていた。

奥の庭園内にあった塩田温泉薬師堂。他に目治し地蔵もあった。

渡り廊下からみた見晴館の一部

見晴館の階段

泊った部屋からの風景

見晴館の階段

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