大川市
旅館三川屋
福岡県大川市向島2222
電話 0944-87-3155 

旅館三川屋の前景

旅館三川屋の前景の夕景

旅館三川屋の入口玄関

 料亭・旅館三川屋は大川市向島のこの地で、明治9年(1876)の創業から140年以上も面々と続いた料亭旅館である。
向島辺りは江戸期から続く若津港の賑わいに支えられた町であり、そんな中での創業だったと思われる。
江戸期には藩の米蔵や菜種油の積出港として、多くの廻船問屋の倉庫が建てられていた。その繁栄は明治に入っても続き、明治12年の若津港からの積出品目は米・塩・紙・小麦・綿・生蝋・茶などで、金額にして139万円にも上った。
宿には早く着過ぎたたので、声をかけるのは控えて旅館の周りや町並をゆっくりと散策してから三川屋の旅館部を訪ねた。木造2階建ての旅館。旅館三川屋の裏側には漆喰塗り込めの立派な土蔵が連なっている。かってこの旅館が大繁昌していた証であろうと、写真に収めたが、漆喰鏝絵で「加藤」と彫られていた。そして道を隔てた反対側には鉄筋コンクリート造りの料亭三川屋があり、旅館部と料亭部の建物が完全に分かれていた。
時間になったので声をかけると、今ちょうど女将が留守で夕方には帰りますと従業員の女性が部屋へ案内してくれた。普通は奥の部屋に案内するのですがとのことで、いや~女将に頼んで道に沿った部屋でお願いしたのでと。
他の部屋も見せて欲しいと頼むと、どうも女将から聞いているみたいで、どの部屋も気易く電気を点け、窓を開けて見せてくれた。
でも、奥にある大広間の窓から見た裏側の土蔵の「加藤」の文字が再び目に飛び込んできた。この旅館の女将は大和姓だしと聞いてみると、女将の旧姓とのことだった。なんか意味がありそうでそれ以上は聞けなかった。旅館建物と土蔵との関連にチョット違和感を感じたまま部屋に戻った。
この三川屋さんは筑後川の豊かな自然の恵みを提供する料亭として有名である。「えつ料理」(カタクチイワシ)・「川アンコウ」(天然なまず)・「天然ウナギ料理」は有名で遠くからでも食べに来られるようである。
夕食は料亭部分の一階で頂いた。ムツゴロウ・川アンコウ(天然なまず)・クツゾコ(ヒラメ)・天然ウナギ等の料理が次々と運ばれ、食は細い方でないが全部は食べきれず、仲居さんに料理人に全部食べられないので、折角作って頂いたが「ゴメンと謝っといて」と頼んだ
そして女将が帰ってきたようで、テキパキと威勢の良い女将で話好きらしく、語らいはいろんな話題に及んだ。女将で6代目だそうです。
気になった土蔵の「加藤」については、女将の旧姓で加藤家の旅館を継ぐ人が無かったので、私が実家の旅館を引き継いだものとの話でした。もっと話は聞いたのですが、チョット公開は??で話はこれまで。
今の建物は多分昭和の初めに建てられたようで、創業時の建物に合わせて土蔵が造られていたので、どうしても違和感のある土蔵の配置になってしまったようです。料亭部の鉄筋コンクリート造りについては、目的外につき割愛します。
それと料亭部の入口に新品のゴルフバッグにゴルフクラブが入ったのが置かれている。ご主人か女将がゴルフから帰って来てそこにゴルフ用具を置いているのかと思ったら、ご主人は東京でゴルフ関係の会社を経営されているので、宣伝のために置いているとのことだった。
(2017.2.20 宿泊)


泊まった部屋

泊まった部屋の隣の部屋

泊まった部屋の奥の部屋

奥に続く廊下

階段

旅館三川屋の奥にある土蔵群

料亭三川屋での食事場所

料亭三川屋の入口部分(建物は奥に長い鉄筋コンクリートの3階建て)

料亭三川屋の玄関から奥を見る

最初に出てきた料理。川アンコウ(天然のナマズ)の刺身、クツゾコ(ヒラメ)、ムツゴロウの煮つけ

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