鎌倉市
對僊閣
神奈川県鎌倉市長谷3丁目12-9
 電話 0467-22-0616

對僊閣の前景

對僊閣の夕景

對僊閣の入口

 鎌倉市の観光名所長谷寺参道にこの「對僊閣」がある。鎌倉大仏も近く、観光客で賑わっている地域で、この禅寺のようなファサードを持つ「對僊閣」は一際目をひく建物である。参道を通る観光客が入口のガラス戸越に中を見ている光景をしばしば見かけた。
江ノ島電鉄の長谷駅で降り、鎌倉大仏や長谷寺に向かう観光客に混じって訪ねた。「こんにちは」とガラス戸を開け声を掛けると高齢の女将が出てきて、頼んでいたように前の道に面した建物の裏側の大きな部屋(10畳)に案内された。表側の部屋は普通は使ってないので、見られるのならどうぞと案内してくれた。
この建物は昭和2年建築の建物である。今の経営者の先祖が鎌倉大仏の裏で、旅館業をはじめたのは明治後期である。その後今の長谷寺参道にも旅館を新築し、東海道線の藤沢駅の開業も加わり、鎌倉への観光客が増加して旅館も繁昌した(当時横須賀線は開通してなく鎌倉駅もない)。
ところが大正12年の関東大震災で旅館は全壊してしまった。その後、昭和2年に今の建物が長谷寺参道に再建されたもの。前面の高欄とそれを支える持ち送りに特徴のある独特な建物だが、内部はそれほど特徴ある意匠も無く一般的な床の間などであったが、入口にある花頭窓が唯一と云って良いほどの特別意匠だった。泊った部屋の床の間の床が一枚ものの木の板で見事なものだったが、女将に聞いても木の種類は知られなかった。多分栃の木と私は思うが。
旅館全体は間口が狭く奥に長いウナギの寝床のようで、入口の建物と平行に奥に2棟の建物が在り、一階の廊下で繋がっていた。
案内してもらった女将は4代目ということで、85歳を越えているとのことだったが、2階へも平気で登る元気な女将だった。
入口から2階への階段の横に古の電話室があり黒い電話が置かれていた。奥への廊下を挟んで大きな時計が動いていて、その隣に花頭窓が寺院のように設えられていた。女将にこの大きな時計が動くようにしているのは大変でしょうと問いかけると、専門の時計屋さんが修理してくれるとのことで、私はネジを巻くだけと仰っていた。
宿泊は流石に夕食は無く朝食のみの宿泊だった。
一般のお客さんは道に面した建物じゃなく、奥に建つ別棟の2階の部屋に案内するとのことだったが、新しい建物と聞いて、見せて貰うのは遠慮した。
翌朝宿を出るときに、この様に伝統ある旅館なら有名人も泊っているのでしょうねと切り出すと、島崎藤村の奥さんや与謝野晶子さんも泊っているし、近くに住んでいた高浜虚子さんがよくホトトギスの会をやっておられたと仰っていた。
泊っている時には何だか判らなかったが、ネット情報により呼び鈴と判り、なるほどの思ったものが、泊った部屋の柱の下から3~40cm位の所に付いている金具。釘隠しとは違うなあ??と思ってその後気にもならなかったものが、呼び鈴と判りびっくりした。
(2018.02.20宿泊)

泊まった部屋

泊まった部屋

道に面した表側の部屋(画面右下、柱に取り付けられた呼び鈴)

表側の部屋から見た長谷観音参道

参道に面した表側の部屋

冬の平日にも拘らず長谷観音参道の賑わい

参道に面した建物の奥の階段

玄関入口にある旧電話室と階段

早朝の長谷観音参道
 
左は各部屋に付いていた呼び鈴、右は訪問を告げる鐘
 
旅籠宿に泊る東日本に戻る