神戸宿
加美亭旅館
三重県鈴鹿市神戸8-19-28
 電話 059-382-0117

加美亭旅館前景

加美亭旅館の夕景

加美亭旅館の入口土間

 鈴鹿市神戸は陣屋町・宿場町として栄えたところだ。
神戸は神戸藩の陣屋町、また伊勢参宮街道の宿場町としても発展した。陣屋町は十日市町(現神戸2丁目)が中核となり本陣や問屋もここに集中した。幕末には旅籠は19軒あり、常磐町(現神戸8丁目)に14軒もあり軒を並べていた。今回泊った宿もその内の一軒の「紙屋」(現加美亭旅館)である。
伊勢参宮街道の宿入口は常盤町(現神戸8丁目)で、「紙屋」の近くに木戸と番所が設けられていて、旅籠屋が1番多かったところで、早くから飯盛り女を置くことを許されていた。江戸初期には既に飯盛り女を置いた茶屋が8軒あったそうだ。
今でも神戸2丁目・神戸8丁目の旧伊勢参宮街道沿いには古い町並が展開している。伊勢神宮に近い地域で多かった妻入りの家屋はここでは殆ど見られない。伝統的な様式の家屋は切り妻造りの平入り、中2階建てが多く、袖壁を備えた家も数多く見られる。街道筋は湾曲していたり「く」の字形に屈曲しているのは、城下町(陣屋町)の特徴の見通しを防いでいるのだろう。
「加美亭旅館」は創業250年と云われている。主屋は明治13年に建てられたものである。骨格の柱や梁などは当時のものですが、内部の造作はその後何度も改装されたようで、比較的新しい仕様になっていた。
玄関を入って一番の驚きは、2階へ上がる階段の真ん中に大きな柱があることで、女将に聞くとこの柱は取れないので、改装でもそのままになっているとこのと。以前はもっと急な階段であったのでそれで良かったが、階段の傾斜を緩くするとこうなってしまったと。
以前は中庭にあったキリシタン灯篭は今は奥の庭に移されていた。このキリシタン灯篭は最初から尊像が彫られていなかったようで、裏の家紋と云われる女子紋を新たに造って、灯篭に彫りそれを拝礼して、弾圧を避けていたとの予想ができるとの調査報告書があると、女将の息子さんから説明を詳しく聞いた。
だが、どれが女子紋の「斜四っ十字架紋」か判らなかった。
神戸宿見付横の街道筋両側に石垣があり、その石垣に木戸を固定するために彫られた所がある。この木戸を閉めることによって、江戸期の伊勢神宮のおかげ参りの膨大な参詣客の通行を制限していたようで、おかげ参りが起っている朝にはこの木戸の前で多くの人が寝ていたとのことだった。
宿は80代と仰った女将が切り盛りされていたが、食事は出来ないと断られたので、外食をしなくてはならなかった。
(2015.05.09宿泊)

加美亭旅館辺りの夕景

泊った部屋から見た旧参宮街道筋

奥の部屋の床の間と書院

二階から見た階段、階段の下に大きな柱が

泊った部屋の襖、右側には床の間がある

庭のキリシタン灯篭

幕末の常磐町の旅籠屋、紙屋(加美亭旅館)の文字もはっきり

明治期の常磐町の屋号、紙屋(加美亭旅館)が見られる。

神戸宿江戸側(北側)の木戸があった所の石垣
 
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